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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1388号 判決

主文

一  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し金一一三万〇六五二円及びこれに対する昭和四二年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴会社は、電気製品の小売を目的とするものであるが、その卸売を目的とする控訴会社の新潟支店とかねてから継続的取引をしていた。

2  ところが、控訴会社の従業員である竹内周二、近藤俊男、町井征二らは、昭和四一年一二月八日、被控訴会社に対する債権を回収するためと称して、被控訴会社に無断で、被控訴会社の店舗、倉庫からその所有の原判決書添付別紙目録(以下、別紙目録というときは原判決書添付のものをいう。)(一)及び(二)記載の商品等、(三)記載の帳簿、手形小切手帳等を持去つてしまつた(右持去つた商品のうち別紙目録(一)の(1)、(2)、(3)、(5)、(6)、(7)、(8)、(32)、(86)及び別紙目録(二)の(2)、(8)のみが控訴会社から買入れたもので、その他の商品は他会社から買入れたものである。)。

3  被控訴会社は控訴会社の従業員の右の行為によつて次のとおりの損害を被つた。

(一) 別紙目録(一)記載の商品代金等合計額相当の損害 一二二万二八三〇円

(二) 別紙目録(二)記載の商品代金合計額相当の損害 三一二万三三〇〇円

(三) 営業不能となつて失つた得べかりし利益 八四〇万円

被控訴会社が当時得ていた月額純利益三五万円の二年分

(四) 大光相互銀行とのリビングプラン契約破棄による損害 五〇〇万円

リビングプラン契約とは、被控訴会社が昭和四〇年三月同銀行と締結したもので、被控訴会社から商品を購入した顧客を加入者とし、加入者は同銀行に対し一口一〇〇〇円、三年を一契約期間として積金し、積金額の三倍までの価格の商品を被控訴会社から購入できる仕組みのものである。

本件当時、右契約の加入者は九六名で契約口数は二九四口であつた。

したがつて、一契約期間の積金額は一〇五八万四〇〇〇円(一か月の積金額二九万四〇〇〇円×三六か月)となるから、その三倍にあたる三一七五万二〇〇〇円を売上げることができ、これによる純利益は、利益率が一割八分であるから、五七一万五三六〇円となる(前記五〇〇万円は、その内金)。

以上(一)ないし(四)合計一七七四万六一三〇円

4  控訴会社の前記従業員は、控訴会社の事業の執行として前記行為をなし、これによつて被控訴会社に対し、右金額相当の損害を加えたものであるから、被控訴会社は控訴会社に対し右損害額の内金一〇〇〇万円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である昭和四二年六月三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本件反訴請求に及ぶ。

二  請求原因に対する控訴人の認否及び抗弁

(認否)

1 請求原因1は認める。

2 同2のうち、被控訴人主張の日時、控訴会社の従業員竹内、近藤、町井が被控訴会社から商品等を引揚げたことは認めるが、引揚げた物品は別紙目録(四)記載のもの(No.1は他者が売渡した商品等でNo.2が控訴会社の売渡した商品である。)のみであつて、その余の被控訴人主張の商品等を引揚げたことは否認する(別紙目録(一)の(1)を引揚げたこと及び控訴会社の販売したものでないことは認める。(2)、(5)、(32)、(86)を引揚げたことは否認する。(3)を引揚げたこと及びその内二台については控訴会社が販売したものでないことは認める。(6)を引揚げたこと及び控訴会社が販売したものでないことは認める。(7)は引揚げたが、控訴会社が販売したものである。(8)のうち一台を引揚げたこと及び右一台が控訴会社の販売したものでないことは認めるが、他の一台を引揚げたことは否認する。別紙目録(二)記載の商品を引揚げたことは否認する。)。

なお、引揚げた商品のうち、化粧品は、被控訴会社の代表者である鈴木四郎が個人の事業として販売していたもので、同人の所有に属するものである。

3 同3及び4は争う。

(抗弁)

1 本件商品の引揚げについては被控訴会社の承諾を得た。

2 本件商品の引揚げは、次のとおり取引約定に従つて行われたものである。

(一) 控訴会社の新潟支店長町口文雄は、昭和四一年八月下旬ないし九月上旬ころ、被控訴会社代表者鈴木四郎に対し、双方間の取引契約書一〇条の規定(控訴会社は、契約期間中においても事情の変化または被控訴会社の支払の遅延、契約の不履行等により契約を継続し難いと認めたときは何時でも契約を解除することができる旨の約定)に基づいて、口頭で取引契約を解除する旨の意思表示をした。

右解除の意思表示をするについては催告を要しないものである。すなわち、右取引契約は、いわゆる継続的取引契約であつて、その解除とは将来に向つて商品の供給を停止すること(出荷停止)である(それ故、取引契約書一〇条には、解除原因として、支払の遅延以外に「事情の変化」という一般的な事由が定められており、また、「本契約を継続し難いと認めた場合」には何時でも契約を解除することがあると規定されているのである。)。したがつて、右の意味における解除については、その性質上、前提となる催告というものは有り得ないのである。

そして、取引契約書一一条、一二条の規定によれば、取引契約が解除された場合には、当事者は双互にその債権債務に関する整理を行い、控訴会社は被控訴会社の在庫商品を持帰り自己の債権の弁済に充当することができるとされている。これは継続的供給契約が解除された場合(出荷停止された場合)には、個別的売買契約についても当然に(別途催告及び解除の意思表示を要せずに)解除の効力が発生するとの前提のもとに、債権債務の清算について規定したものである。すなわち、個別的売買契約については、解除につき催告を要しない旨の特約があつたものである。

ところで、控訴会社は、被控訴会社が昭和四一年八月下旬ころに至つて累積した多額の超過債務のため営業を継続してゆくことが全く不可能な状態に陥つたので取引約定書一〇条の規定に基づいて前記のとおり昭和四一年八月下旬ないし九月上旬ころ解除の意思表示をして出荷停止の措置をとつたうえ、同年一〇月以降控訴会社が出荷した商品を逐次引揚げ、同年一二月八日在庫商品の全部を取引約定書一一条、一二条の規定に基づいて引揚げたものであるから、右の本件引揚行為はなんら違法ではない。

(二) 仮に、右主張が認められないとしても、控訴会社は被控訴会社に対し、昭和四一年一一月下旬ころ、商品売買代金の支払を催告し、同年一二月八日、取引契約を解除する旨の意思表示をした。

すなわち、被控訴会社は同年一一月一五日、控訴会社に対し、同日を支払期日とする九七万六〇〇〇円の商品代金債務につき、うち二〇万円については同年一一月末日まで、残額については同年一二月上旬まで支払の猶予を求め、控訴会社はこれを承諾した。ところが、控訴会社が同年一一月下旬から一二月上旬にかけて何度も催告したにも拘らず、被控訴会社は右二〇万円の支払をしなかつた。そのため前記支店長町口は同年一二月八日、控訴会社従業員竹内周二ほか二名に命じて被控訴会社従業員山田勝二ほか一名に対し、商品引揚げの通告をさせたうえ(商品引揚げは取引契約の解除を前提とするものであるから、右通告は取引契約解除の意思表示を包含するものである。)、被控訴会社の在庫商品の引揚げを実施させたものである。

したがつて、本件引揚行為は取引約定書の前掲各条に適合するものであつて、なんらの違法もない。

3 別紙目録(四)のNo.1の商品については、控訴会社が被控訴会社に対し数回にわたり返還方を申入れたが、被控訴会社はその受領を拒否しているものであるから、右商品については被控訴人主張の損害は存しない。

4 別紙目録(四)No.2の商品については、控訴会社は右商品の売買によつて生じた前記売掛代金債権を有し、したがつて右商品の上に先取特権を有するから、本件引揚げ行為は、実質的には右先取特権によつて優先弁済を受けたのと異るところはなく、違法ではないというべきである。

5 仮に、被控訴人主張の控訴人に対する損害賠償請求権四三四万六一三〇円(原判決の認容額)が存在していたとしても、控訴人は、本件の本訴請求についての確定判決(新潟地方裁判所三条支部昭和四二年(ワ)第一三号、同年(ワ)第一五号、同年(手ワ)第七号、同年(ワ)第五三号約束手形金、貸金等請求事件)の執行力ある正本に基づき昭和五三年四月二一日、前記損害賠償債権につき差押、転付命令(同裁判所昭和五三年(ル)第一七号、同年(ヲ)第一九号)を得、右命令正本は、昭和五三年四月二五日執行債務者たる被控訴人に、同年四月二四日第三債務者(兼執行債権者)たる控訴人に送達された。

したがつて、前記損害賠償債権は、被控訴人に属さず、控訴人に帰属するに至り、その結果混同により消滅した。

三  抗弁に対する被控訴人の認否

1  抗弁1は否認する。

2  同2のうち、控訴人主張の解除の意思表示がなされたことは否認し、その余はすべて争う。

3  同3は否認する。

4  同4は争う。

5  同5の前段の事実関係は認める。

第三  証拠(省略)

理由

一  被控訴会社が電気製品の小売を目的とする会社であり、その卸売を目的とする控訴会社とかねてから継続的取引をしていたところ、控訴会社の従業員竹内周二、近藤俊男、町井征二の三名が、昭和四一年一二月八日、被控訴会社から商品等を引揚げたことは当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実と、成立に争いのない甲第四号証、第五号証の一ないし一六、第六号証、第八号証、原審及び当審証人町口文雄の証言によつて成立が認められる甲第一ないし第三号証、第一三、一四号証、原審証人竹内周二の証言によつて成立が認められる甲第七号証の一、二、右証人町口文雄、竹内周二の各証言、原審証人近藤俊男の証言、当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すると、控訴会社が前記の本件引揚をなすに至つた経緯及び引揚げた商品等の品名、数量、価格は、次のとおり認定することができる。

被控訴会社は、昭和四〇年四月に設立され、代表者ほか従業員三名の小規模な電気製品小売業であつて、設立当初より控訴会社の新潟支店から、毎月二〇日締切、月末現金払の約定で継続的に電気製品を買受けていた。ところが、被控訴会社は当初から代金を一五〇日ないし二一〇日位先の手形で支払うことが多く、しかも昭和四一年始め頃からは右手形金の支払すらも遅れ始め、同年五月頃からは右手形について控訴会社に依頼して引落代金の融資を受けたり、依頼返却の手続をとつてもらつたりするような状況となつた。ところで、控訴会社新潟支店長町口文雄は、同年八月末頃になつて被控訴会社の右のような状況からこれ以上被控訴会社と取引を継続することはでき難いものと判断し、被控訴会社との取引を担当していた従業員の竹内周二に指示して、被控訴会社代表者に対し、口頭で通告したうえ、出荷停止の措置をとるに至つた。被控訴会社は、控訴会社を主要な仕入先として営業していた関係上、控訴会社から出荷停止されると営業の継続に困難を来たすので、被控訴会社代表者は、同年九月一一日頃、町口支店長に対し、「資金が八百何十万か不足している。ついては、控訴会社の従前の売掛代金債権を棚上し、取引を再開してほしい。」旨の申入をした。これに対し、町口は、右申入を拒絶し、不動産その他の担保を差入れるなら取引の再開を考慮してもよい旨答えた。しかし、被控訴会社代表者は、一応その旨了承したものの、その後担保を差入れることができなかつたため、従前のような手形による継続的取引は再開されるには至らなかつた。その代り、町口は被控訴会社の依頼に応じて、支払期日同年九月一五日と一〇月一五日の二通の手形について依頼返却の手続をとつて代金の支払を猶予するという便宜を計つてやつたが、その後も事態は一向に好転しなかつたため、町口は、取引契約書(前掲甲第八号証)の第一二条に基づいて、売渡した在庫商品をその頃から逐次引揚げて、売掛金と相殺処理していた。その後、同年一一月一五日、被控訴会社代表者が町口に対し、同日が支払期日である控訴会社に対する代金支払手形について、被控訴会社も再建の方向に向つているからといつて、その決済代金の融資方を懇願してきたので、町口も、やむなく今回かぎり代金の支払を猶予してやろうと考え、二〇万円は同月末日まで、残金は翌一二月上旬までに返済することを確約させたうえ、合計九七万六〇〇〇円を貸渡した。しかるに、被控訴会社は、一一月末になつても二〇万円を返済しないので、町口は、自らあるいは竹内に指示して何度もその支払を催促したが、被控訴会社では代表者の行方が不明であるとのことであり、一二月上旬に返済する約であつた残金の支払についても被控訴会社からなんらの連絡もなかつた。そこで、町口は、自己の責任上も被控訴会社から在庫商品の全部を引揚げるよりほかないものと決意し、同月八日竹内らに命じて、前記のとおり同人らが本件引揚をなすに至つたものである。ところで、本件引揚にあたつては、竹内が現場で引揚物品についてのメモ書き程度の預り証を作成して自らサインし、被控訴会社の従業員らの署名を得て同人らに手交し、その控(前掲甲第七号証の二)を持帰り、帰社後これを整理して正規の預り証(前掲甲第七号証の一)を作成して同年一二月一三日頃被控訴会社に送付し、さらに昭和四二年に引揚保管している物品について右預り証に基づき在庫調査を行つて目録(前掲甲第一三号証)を作成し、別紙目録(四)は右目録を整理、書直したものである。すなわち、帳簿、印鑑類等を除く引揚物品(現金を含む)の品名、数量、単価、金額は、別紙目録四記載(ただし、同目録No.1の合計額は一一六万〇四七七円、No.2の番号(18)の金額は七四四〇円、合計額は四万二〇七一円であつて、同目録の右部分の記載は誤算によるものと認める。)のとおりであつて、そのうちNo.2記載のもの及びNo.1記載のうち番号(2)、(23)、(25)、(26)、(34)、(41)、(44)、(46)、(47)、(49)、(50)、(54)、(56)ないし(62)、(76)、(137)の各商品は、控訴会社が売渡したものである(なお、別紙目録(一)の(1)を引揚げたこと、右商品は控訴会社が売渡したものでないこと、(3)を引揚げたこと、そのうち二台は控訴会社が売渡したものでないこと、(6)を引揚げたこと、右商品は控訴会社が売渡したものでないこと、(7)を引揚げたこと、右商品は控訴会社が売渡したものであること、(8)のうち一台を引揚げたこと、右商品は控訴会社が売渡したものでないことについては、いずれも当事者間に争いがなく、右各商品は別紙目録(四)についてみると、順次No.1の番号(5)、(12)及び(13)並びに(137)、(3)、(2)、(17)にそれぞれ該当するものと認められる。)。また、No.1の電気製品以外の化粧品類は、被控訴会社の取扱商品である電気製品には美容器具もあつたので、それに付帯して販売していたものである。

原審証人山田勝治の証言、原審及び当審における被控訴会社代表者の供述のうち、以上の認定に反する部分は、前掲各証拠に対比して信用できず、他には右認定を左右するに足る証拠はない。

三  以上の認定事実に基づいて、先ず被控訴人主張の損害の有無について判断する。

被控訴人は、別紙目録(一)、(二)の商品等を引揚げられ、それにより右代金額相当の損害を被つたと主張するけれども、右主張は、前示認定によれば別紙目録(四)の商品等の金額合計一二〇万二五四八円の限度で正当であり、その余は失当である。

また、被控訴人は、本件商品等の引揚によつて、営業の継続及びリビングプラン契約によつて得べかりし利益を喪失し、同額の損害を被つたと主張するけれども、被控訴会社は、本件引揚以前に既に営業不振の状態に陥つていたものであり、前示認定のような当時の被控訴会社の営業状態のもとにおいては、右主張のごとき各利益が引続いて得べかりしものであつたとはいい難いから、本件引揚によつて主張の損害が生じたものと認めることはできないものといわざるを得ない。したがつて、右各主張は失当というべきである。

四  そこで、進んで抗弁につき判断する。

1  控訴人は、本件引揚については、被控訴会社の承諾を得た旨主張し、原審証人竹内周二は、本件引揚現場において被控訴会社の従業員及び被控訴会社代表者の兄鈴木利理の承諾を得た旨証言しているけれども、右証言は、原審証人山田勝治、同鈴木利理の各証言と対比して採用できない。のみならず、右両名が本件のごとき引揚につき一般に承諾をなす権限を有するはずのものでもなく、しかも右証人竹内周二の証言によると、かえつて被控訴会社の代表者には無断で本件引揚をしたものであることが認められるから、前記抗弁は、いずれにせよ採用することができない。

2  控訴人は、本件引揚は被控訴会社との間の継続的取引契約の約定に基づいてなしたもので、違法ではない、と主張する。

ところで、右取引契約書(前掲甲第八号証)の第一〇ないし第一二条によると、本件継続的取引契約については、被控訴会社の代金支払の遅延等を理由とする控訴会社の解除権を定め、解除された場合には相互にその債権債務を整理することとし、右整理を行うときは控訴会社が被控訴会社の在庫している商品を持帰り、控訴会社の有する債権に充当することができる旨定められているのであるが、右約定が控訴会社の売掛代金債権回収のために、その売掛在庫商品を持帰ることができる旨を定めたに過ぎないものであることは、かかる契約一般の解釈としても、また右各約定の文言に徴しても自明ともいうべきほどのことであつて、控訴会社以外から買入れた在庫商品についても引揚げ得るというような法定担保権あるいは債権者平等の原則を害する結果となる実力行使による優先弁済権を控訴会社に確保させることまでをも約諾した趣旨のものとは到底解せられない(当審証人町口文雄の証言中、右の判示と異る部分は、独自の見解というほかなく、採用のかぎりではない。)。

そうすると、前記認定の本件引揚商品等すなわち別紙目録(四)の商品等のうち、前記認定のとおり控訴会社が売渡したものであるNo.1のうちの前示各番号の商品及びNo.2の各商品を除くその余の物品、現金合計一一三万〇六五二円については、前記抗弁は理由がなく、右物品、現金の引揚は控訴人のその余の主張につき判断するまでもなく、正当な権限なくしてなされた違法なものであるといわなければならない。

しかし、控訴会社が売渡した前記認定の商品(金額合計七万一八九六円)の引揚は、以下述べるとおり取引契約書所定の約定に従う正当なものであり、前記抗弁はこのかぎりにおいて理由があるものというべきである。

すなわち、取引契約書の前掲第一〇条は、本件継続的取引契約について控訴会社のための解約権の留保とみるべきものであり、かつ、右解約権の行使とは、現実には将来に亘る出荷停止であり、出荷停止の要件として「事情の変化」「契約を継続し難いと認めた場合」という支払遅延以外の理由も定められているから、出荷停止は右要件のもとに控訴会社が催告なくして一方的になすことができるものと解することができる。そして、これに第一一条、一二条の各規定を併せてみると、出荷停止に伴つて相互にその債権債務の整理を遅滞なく行うこととなり、右整理を行うときは売掛在庫商品を持帰ることができるのであるから、出荷停止に附随して代金支払未済の個々の売買契約も当然解除となるものと解せざるを得ない。そうとすれば、控訴会社が売掛在庫商品を引揚げるについては、支払の遅延している商品代金についてあらためて支払の催告を要せず、出荷停止をするについての前記要件を具備していさえすれば足りるものというべきである。しかるところ、前示認定事実によれば、控訴会社は、昭和四一年八月末頃、被控訴会社に対し、出荷停止を通告して継続的取引契約を解約し、かつ、右解約をなすについての前記約定の要件は十分具備していたものというべきである(なお、売掛商品の引揚につき、遅滞している代金につき支払の催告を要すると解しても、右催告のなされていることは前示認定のとおりである。)から、本件商品等の引揚のうち、控訴会社の売渡した前記認定の商品の引揚は、適法というべきである。

3  控訴人は、本件引揚商品等のうち、控訴会社が売渡したものでないものについては、控訴会社において被控訴会社に対し、返還方を申入れたところ、被控訴会社がその受領を拒絶したものであるから、右商品等に関しては被控訴会社に損害はない旨主張する。しかし、右主張のごとく控訴会社が被控訴会社に対し、返還の申入をした事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて、原審証人町口文雄の証言及び当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果によると、控訴会社の町口支店長は、右物品等については、本件の決着がつくまで無条件では返還すべきものではないとの考えのもとに、これを控訴会社において保管し、被控訴会社に対し、無条件で返還する旨の申入などかつてしたことのない事実が認められるから、控訴人の前記主張は失当である。

4  以上によると、控訴人の抗弁4については判断を要せず、控訴人はその被用者が事実の執行につき被控訴人に対して加えた損害の賠償として前記一一三万〇六五二円の支払義務を負担するに至つたものというべきである。

5  控訴人は、控訴人から被控訴人に対する本件の本訴請求についての確定判決に基づく強制執行として、被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償債権(券面額を原判決の認容額四三四万六一三〇円として)につき転付命令を受けたとし、その結果本件損害賠償債権は混同により消滅したと主張する。そして、右転付命令のなされていることは当事者間に争いがない。

しかし、右の主張のごとき理由によつて不法行為に基づく損害賠償債権の消滅を認めることは、不法行為の被害者をしてあくまでも損害につき現実の弁済を得さしめ、かつ不法行為の誘発を防止することを目的とする民法五〇九条の規定を潜脱する結果が生ずることを是認することに帰し、法律上許されるべきではないから、前記のごとき転付命令は、その実体的効力を生じないものと解すべきである。

前記抗弁は失当といわなければならない。

五  よつて、被控訴人の本件反訴請求は、前記認定の一一三万〇六五二円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和四二年六月三日(本件反訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、原判決主文第一、二項を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

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